2014年08月10日
平成26年度大熊戦没者慰霊祭
本日、8月10日 大熊公民館に隣接する
さとはま公園の忠魂碑において
第41回戦没者慰霊祭が厳かに行われました。
大熊では、各種団体のうち五十路会が町内会と協力して式典を行います。
参加するのは、遺族代表・町内会会長・運営委員長・各種団体の長・朝日校区の校長先生・大熊の事業所の長の皆様方です。今年は、小中学生の参加が例年より多かったように思います。
明治以来国難に殉じられた大熊の61柱の英霊のご冥福をお祈りいたします。
先の大戦より69年の月日を経て戦争を知る世代も少なくなり、その記憶も風化しがちです。
しかし、この日は日本国を想い、大熊を想い、家族を想い殉じられた尊き英霊の皆様に思いを馳せる
『忘れてはいけない夏の1日』です。
これからもこの戦没者慰霊祭を継承していきましょう。


2013年10月29日
龍王神社 秋季大祭
村の鎮守の神様の
今日はめでたい御祭日
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
ドンドンヒャララ ドンヒャララ
朝から聞こえる笛太鼓♫
10月27日 日曜日
台風一過の秋晴れの好天に恵まれた中
『大熊龍王神社秋季大祭』
が、高千穂神社宮司様の司式のもとで行われました。

毎年、秋と春に神社の氏子さんはもとより 大熊町内会と各種団体の代表者が参拝します。
式は厳かに執り行われ粛々と進行し
最後の方に玉串奉奠を各団体の代表者がして終わります。
式の後は直会があり
お酒・料理が振る舞われ
余興のカラオケ・抽選会等で盛り上がり最後に六調で締めて終わりました。

帰りには神社のお餅をいただきました。
大熊龍王神社は大熊町内を見下ろす小高い場所にあり結構、急な階段を登って行きます。
我々は各種団体で行く以外はあまり行く機会がありませんが、4年前に行ったときより息が切れたのは年のせいでしょうか。
今回初めて知りましたが大熊観音堂は跡地だけだと思ってましたが、龍王神社の並びが『観音堂』だったんですね。


お疲れ様でした。
2013年10月08日
大熊の応援歌
10月13日は上方体協親睦運動会!
台風明けの今日から各種団体
練習がスタートしました。
公民館では輪投げ・輪回し・玉入れの選手のみなさんが始動です。

ところで、
今日の練習後の軽い飲み方での
先輩方のお話によると
大熊には応援歌があったようです。
曲はブログでは今回はお伝えできませんが、歌詞は以下のとおり
【大熊応援歌】
龍王神社に願かけて♫
御神籤引いてもらったら
いつも大熊 勝ち勝ち♩
勝っち勝っち♫
60代近く以上
(今風にいえばアラシスオーバーかい)
その年代の先輩方は運動会で歌ってたらしいです。
我々以下の年代はわかりませんが。
この応援歌も大熊青年団歌にまさる大熊魂のこもった歌だと思いませんか?
今度の運動会で復活させたいですね。
♫いつも大熊勝ち勝ち勝っち
2013年09月11日
平成25年度豊年相撲敬老会
9月8日 『平成25年度大熊町内会豊年相撲敬老会』が行われました。
9月1日の青壮年団による、土俵の修繕
町内会・運営委員による敬老者への案内状とお祝い金の配布から始まり
前日、9月7日の17時からの青壮年・五十路会合同の会場設営(テントの設営・土俵の飾り付け)婦人会による料理の準備
等
そのあとの恒例のダレヤム
そして当日 朝、8時からの公民館内の設営と各団体一致協力して準備を済ませ…
トネへのお参りを済ませ
『すもう〜すもう〜』
という掛け声と共に行進してくる子供達が公民館に到着

10時30分からの本番を迎えました。
晴天に恵まれプログラム通りに粛々と進行…
去年と違ったのは大島高校&奄美高校の体育祭と重なり高校生はもちろん観戦に行かれるその父兄・家族の敬老会への参加がほとんど無かったことと。。。。。
自分が五十路会に入会したことデスかね〜
この五十路会なかなかやることが多い
相撲取り組みの主審・副審
中入りの大熊浴衣を着用しての八月踊り
テント前の飲み物サバクリなど
炎天下の直射日光との戦いでした。
天候には勝てません。めちゃ暑かった。
ビールを飲む時間もなし…。
それはさておき、大熊の敬老会では最後のメインイベントとして
今年で20回を数える
『平 勇登杯』
がある。
相撲のシマ 大熊の横綱を決めるトーナメント戦で大熊在住及び大熊出身の猛者が集い戦う大会である。
今年は、久しぶりに20代の横綱が誕生‼
その相撲は圧巻でした。
しばらく、彼の時代が続く 予感です。
おめでとうございます。

あとは、全員で片付けをして終了!
片付けた 公民館で慰労会
例年の流れですね。
また来年 頑張りましょう。
高校の運動会と重ならないとイイですが…来年は。。。。。
2013年09月01日
八月踊りの伝承について⑥
浦上の各種団体の八月踊りを大熊の壮年団の有志と見学に行きました。
これまでは、同じ日に八月踊りを開催してたので初めて隣の集落の踊りを見る機会に恵まれました。
青年団・壮年団・五十路?五十代の
順に見ました…。
浦上青年団のパワフルなダンシングと若い人達の多さには正直、驚きました。
。。。。。
隣りどうしでも先人方の伝承の形態が違うのか全く別ものに見えました。
いい体験になりました。
この八月踊りが未来にむけて
伝承されていくように精進して参りましょう。
それぞれの集落の形で。。。。。
奄美大島の八月踊り 最高!
上方地区だけではなく
これからもいろいろ見ていきましょう。
大熊集落の八月踊りの伝承の為に…
我々の世代が
浦上八月踊りです

2013年08月27日
八月踊り終わりました
8月23日24日 2日間にわたり行われた
大熊の八月踊り
天気にも恵まれ無事終了しました。
2日目は4ヶ所回る予定でしたが
最後の1件は青壮年団に回ってもらい
結局3ヶ所で踊りました。
青壮年団に1ヶ所回ってもらったので、
青壮年団の踊りを見る事ができましたが、さすがに若さ溢れるエネルギッシュなダンシングでした。
高校生・婦人会もちろん青壮年の人数もかなり集まっていて盛大にやってましたね! 流石です
最後は 『とねや』
大熊の八月踊りは初日の青壮年団の『とねや』から始まり最後は『とねや』で終わります。
我々、五十路会は『とねや』の座敷から踊りの見学です。 六調は踊りましたが…
ここでも、青壮年団・高校生・婦人会のパワフルな八月踊りを見る事ができました。
大熊の八月踊りは伝承されているという事ですね。
回る件数は確かに減りましたがそれは時流でしかたないでしょう。
しかし、大熊の八月踊りのスタイルはしっかり伝承されています
道行き
みちゃやくみ
六調
はなの披露
あまくさ
輪踊り
始まりと終わりの家主への挨拶
この形はこれからもぶれずに受け継いでいかなければならないことでしょう。
6月から始めた八月踊りの練習
八月踊り間近の備品等の準備
そして本番
お疲れ様でした。
踊りが終わった次の日は各種団体の集めた寄付金の集計でした。
これで一連の流れは終了です。
『大熊の八月踊りの伝承』
とりあえず、また来年に向け
そして未来への伝承へ頑張っていきましょう。

2013年08月24日
大熊八月踊りスタート
大熊の八月踊りがスタートしました。
昨日は5ヶ所を回りました。
今年から五十路会での参加
しかも、総会計の大役を受け賜り
じん(お金)の回収 (お祝い集め)をメインに動きました。
今日も同じパターンではありますが…
輪になって踊りたい自分といたしましては誠に不本意ではございましたが、こういう、伝統行事は適材適所の役割り分担がきちんと機能しないと素晴らしい成果は決して期待できません、
心配した会員の集まりも驚くほどたくさんのかたが出席してくださいました。
五十路会一年生! 去年までの壮年団の時とは勝手が違いますが
本日は2日目4件回ります。
気張っていきましょう。

2013年08月23日
大熊戦没者慰霊祭
終戦記念日からが終わり
早くも一週間が過ぎました。
大熊でも、8月11日に
第40回戦没者慰霊祭が厳かに行われました。 大熊では、各種団体のうち五十路会が町内会と協力して式典を行います。
参加するのは、遺族代表・町内会会長・運営委員長・各種団体の長・朝日校区の校長先生・事業所の長の皆様方です。
明治以来国難に殉じられた61柱の英霊のご冥福をお祈りいたします。
我々を含め戦争を知らない世代がほとんどですが、国を想い、大熊を想い、家族を想い殉じられた尊き英霊の皆様に敬意を表します。
彼等の想いに答えていける日本になっているのか、年に一度考える機会にしていければ意義のある日になるのではないでしょうか。



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2013年08月07日
八月踊りの伝承について⑤
いよいよ 八月踊りも
あと 2週間強に迫りました。
2ヶ月前に唄本の配布も済み
やっと 踊りながらの練習も始まりました。
私見ながら
これが、伝承する為の練習です。
八月踊りの唄は家で予習するべきです。
唄本の配布は済んでいますから…
集まっての歌だけの練習は
はっきり言えば有り得ません。
何故か?
それは、八月踊りの最初に輪踊りで踊る
『おぼこり』でも
ちゃんと、先人達は
伝承のメッセージを残しています。
『座すて唄しれば ハレ
股だるさやしが
ハレ で吾きゃ ほり立てて
踊てとよも』
意味は
『座って唄をうたっても
足が疲れるだけ
さあ 皆で輪になって踊ろう
踊って疲れたら 少し休もう』
という意味ではないでしょうか。
この歌詞が、最初にくる意味が
先人達の想いではないでしょうか。
青壮年団が唄の歌詞はちゃんと練習の時に中央に掲げてあります。
この素晴らしい
伝承への努力・準備を讃えます。
皆で気張っていきましょう。
座して唄をおぼえる時間は
ないはずです。
手真似 足真似でも
先ずは、輪になって踊りましょう。

伝承の光景

さあ、本番まであと2週間です。
前進あるのみです。
2013年08月05日
奄美祭り 八月踊り
8月3日
奄美祭りの八月踊りに参加しました。
今年は、大熊チームでの舟漕ぎの参加は無く 八月踊りのみの参加でした。
この奄美祭りの八月踊り
各集落単位で輪踊り・六調を合わせて
約2時間踊るもので
今年で50回の区切りの開催になります。
奄美群島の日本復帰の年から10年後には行われいたんですから
伝統行事でしょう。
例年通り 公民館から迎えのバスに乗って揃いの大熊ゆかたに身をつつみ、島の歓楽街 屋仁川の入口 ウエストコートホテル前で踊りました。
以前の大熊の定位置は市役所横・旧NTT前の交差点でしたが。。。。。
配置が大分変わって今はこの場所では踊りはしてないですね。



大熊青年団を中心に壮年団・婦人会・五十路会の各種団体が参加して盛大に行われました。
これが終わると
次は、大熊町内会の八月踊り
本番です。 気張っていきましょう
2013年08月01日
八月踊りシーズン 突入
今年も早いもんでもう8月!
毎日毎日 暑い暑い
猛暑日やら なんやら とにかく暑い
雨もちらっとも降らない
なんと 7月の奄美市名瀬の降水量は0mm
しかも…台風もこない。。。。。
去年の今頃は9号10号がダブルで
接近してて
奄美祭りの八月踊りは中止になったし…
ということで
今年もまた
奄美祭りがスタートします。
今年の参加は8/3の八月踊りのみ
今回は台風の心配は全く無しだし。。。。。
今日の夜はその為の大熊の各種団体での合同練習!
先日、7月28日に奄美ヤンバル交流会の余興で、青壮年団と一回踊っているから大丈夫だけどね。
毎年恒例の奄美祭りでの大熊八月踊り
大熊は屋仁川入口のウエストコートホテル前で踊ります。
これが終わると8月23日24日の大熊町内会の八月踊り
準備に練習
忙しいけど楽しい日々が続きます。
八月踊り以外の行事も多々ありますが
とりあえず
大熊町内合同で踊る
奄美祭りの八月踊りから
8月はスタートです。

2013年07月09日
八月踊りの伝承について④
大熊誌によると
『油だらだら(風浪主)』の歌詞の
次の一節は薩摩支配下の我々の郷土の農民の生活の慘苦を唄ったものだそうです。
天棚さがりぬ 魚ん頭(イュンカマチ)
家裏さがりぬトチブルくゎ
出てもれ老人達(ウチュンキャ)
茶漬け 煮しおせろ
老人達の唯一のご馳走が魚の頭と南瓜であり、住家は家裏に南瓜の這うに任せてあるような状況である。
魚頭と南瓜を茶受けに煮て差し上げましょうとの意味である。
ここで紹介した歌詞は現在大熊に受け継がれてあるものであるが、大熊誌(大奄美史より)には音は一緒だが漢字表記は
天棚⇒炉棚
家裏⇒藁壁
茶漬⇒茶受
の表示で意味合いの若干の違いはあるが
大きな意味の違いではないと思う。
この薩摩藩政時代の農民の生活は言語に絶するものがあり大熊の先祖たちもこの苦難の道を乗り越えてきた訳である。
『家人』となって希望なき生涯を終えた者、3度の食事にも事欠き蘇鉄粥をすすり飢えを凌いでいた先祖を思う時、断腸の思いに駆られる。
現在の満たされた時代にこの歌詞に込められた先祖の想いを考え噛み締めながら唄ってみてはいかがでしょう。
歌詞にもいろいろな意味合いと背景があります。
八月踊りは、先人より伝承されてきた奥が深いものです。
一朝一夕では伝承していくのは難しいでしょう。 先ずは、各々ではじめる事が大切ではないでしょうか。腰を据えて…。

2013年06月08日
八月踊りの伝承について③
本日、公民館にて八月踊りの歌の練習を婦人会執行部と五十路会のメンバーが集まり行われました。
『あらしゃげ』 『今の踊り』をメインに共通歌詞など男女での歌合わせをしました。
どんどんやって行くべきでしょう
この手の集まりは…。
まだまだ、いろんな課題はあるとは思いますが…
各種団体の女子の踊り手不足解消と歌を覚える機会です。
また、伝承への一歩になるでしょう。
老若男女 八月踊りが歌って踊れるようになれば伝わって行くでしょう。
次世代へ
今迄は無かった取り組みです。
今年は、ある意味 転換期ではないでしょうか?
今でしょう 動くのは!
出来る人はもちろん
裾野を広げて行ければ
いいんじゃないですか
とりあえず 動き出しました。
8月にむけて…

2013年05月28日
八月踊りの伝承について②
大熊誌が記された50年前にも大熊の伝統芸能『八月踊り』の記載はある。
記載については、次の通り
大熊で受け継がれていた踊りは『おぼこり』『アラシャゲ』『今の踊り』『大熊と浦上』『デッショ』『赤木名観音堂』『ホーメラベ』『うちばくらし』『喜界湾どまり』『西の実久』『うらとみ』『風浪主(あぶらだらだら)』などの12種類が受け継がれいたようである。
その記載は、踊りの種類の伝承についての記載である。
その時点で『風浪主(あぶらだらだら)』『うらとみ』『ほーめらべ』は次第に姿を消していく懸念があったようです。
50年を経た現在では『うらとみ』『ほーめらべ』はほとんど踊られなくなっているが、『風浪主(あぶらだらだら)』は受け継がれて健在です。
『うらとみ』『ほーめらぶ』についても
歌詞・太鼓のたたき方は受け継がれています。
八月踊りの伝承の形としては現在、
青壮年団で行っている踊りの直前1週間前の練習が主なものでしょう。
テキストは
昭和59年度 大熊五十路会より発行された
『八月踊りの練習用』
及び
7〜8年前に大熊八月踊り有志一同
より発行された
『大熊八月踊りの唄い方』です。
上記の大熊八月踊り有志一同の歌本が発行された頃は
先輩方の指導により踊りや歌がその時の青年団や壮年団に教示されたはずである。
以前、我々の若い頃は高校生くらいから八月踊りの歌の歌詞を同級生で集まって歌いながら覚えたものだか、現在はそうもいかないだろう。
また、元々住んでいる住民は踊りは子どもの頃から年間の行事の一つであり覚えることが当たり前の時代だっただろうが…。
大熊も大熊誌が記されころはもちろん
7〜8年前とは都市計画等も済み状況はだいぶ変わっているはずです。
いろいろ意見もあるとは思いますが、『八月踊りを伝承する』前提で意見も申し上げれば先輩方からの伝承の機会を作って受け継ぐことが各種団体、必要ではないのでしょうか。
ここ大熊に住んでいる以上は…。
最後に大熊誌はこう記してある。
『八月ぬ節や汝に我にも照りゆり、でぃ
わきゃ ほりたてて踊てとよも』
と唄の文句にもあるように、今も昔も楽しい八月踊りを、老若男女ともどもに分かち合い楽しんで行きましょう。
これが先人達の願いであろう。
決して途絶えることのないように
先が見れる伝承のやり方を考えていきましょう。

2013年04月12日
3月3日 浜おれ
今日は旧の3月3日の節句の日です。
海開きが大浜海岸やばしゃ山村で行われたようです。
ウチの去年生まれた孫も、初節句だったので ばしゃ山村の方に行って海に足を着けたらしいです。
もちろん、大泣きだったみたいですが…。
元々は、奄美全域で旧暦3月3日に、行われる海岸へ下りる行事。
3月3日には餅を作り、先祖に供える。老若男女海岸へ下りて潮干狩りをする。
この日に海の物を鍋に入れないと、耳が聞こえなくなったり、一年中魚にありつけないという。言い伝えがあるようです
私達が子供のころは、確かに三月浜に弁当やふち餅やら持って浜遊びに行ったような記憶がありますが…。
今よりは、もっと暖かかったょうな気がします。 もっと後だったかい?
しかし、イショの出来る海も浜も昔の様にはないですからね。今の大熊には…。
形は変わっても、島で続けられている伝統行事です。 伝承して参りましょう。
ばしゃ山村の
手作り黒糖菓子『ケンムンのおやつ』
がお土産でした。 ふち餅ですけどね

もっとちょうだい by けんむん

2013年04月01日
しゃむ なんこ 見学
昨日の日曜日は
大熊明幸会の大先輩方より招待を受けて
大熊の『居酒屋たか』で
伝統文化『しゃむなんこ』の見学をしました。

大熊壮年団の新年会では数年前から
『なんこ大会』を行っていますが
ほとんどがルール・点数のつけかたなど一部のわかる人に聞きながらやります。
我々がやっているのは、薩摩拳とも呼ばれる鹿児島・宮崎等、南九州から伝わったとされる、なんこ台にお互いに3本ずつの棒を持って向かい合いお互いの合計の数を当てるゲームですが、
『しゃむなんこ』はお互い棒はもたず
5本の指を同時に床に叩きつけるように出して合計の数を当てるものです。
棒3本が指5本に数も増え、何通りか組み合わせの数も増えてゲームも難しくなるわけです。
検見役(審判)が大変ですが…。
また、テンポも速く 数の合計も方言で言い合うのでちょっと難しい
この『しゃむなんこ』は正月3日の年の祝いの時に踊りと一緒にやっていたらしいです。
初めてみましたが、なかなか一度見ただけでは覚えられませんね(笑)
また、見せて頂く機会があればイイですね。
大熊の伝統文化 受け継いで行ければ最高です。
ちなみに
壮年団のなんこ大会はこんな感じですが……。

2013年03月26日
壮年団 退団式
平成25年3月23日
大熊壮年団を退団いたしました。
感謝状と記念品を頂きました。
記念品は湯呑です。

30代後半に島に帰って大熊壮年団に入団
約11年間お世話様でした。
まあ、いろんな事がありましたが
すべていい思い出でしょうね。
参加することに意義があるんでしょう
最近は、意識は薄れがちではあるが…
住んでるんだったらね。
それは、さておき
4月から
大熊の年代別の団体 の
セミファイナルステージ
大熊五十路会に入会です。
今度は15年 気張りまえじや
既に、3月9日に入会済みですけどね


壮年団の皆様 最後は
バンザイ三唱&おぼこり で
盛大に送って頂き
ありがとうございました。
大熊壮年団の益々の繁栄をお祈りいたします。
『老木生て後や若木生て継ぎゅり
親祖後継ぎゅし 初の思め子』
お互いに気張りましょう
大熊人として…。命ある限り
2013年03月17日
大熊八月踊りの伝承①
大熊の八月踊りは毎年8月の最終の週の金曜日・土曜日に毎年行われています。
踊りは、『はなかため』と呼ばれる
それぞれの踊り・唄の進行役の男子と
それに合わせて太鼓を叩き唄をかえす女子に別れて行う。
『はなかため』を輪の上の方だとすると2番手・3番手と唄をまわす。
また、ご祝儀を頂いた金額を披露する
『はなの披露』の担当・六調を踊る時の楽隊 三味線係・太鼓係など
これが、オモテ舞台
それに、各家々を回り踊る場所の電灯を設営する電気係 太鼓や三味線の道具を管理する道具係 ご祝儀を集めて記録・保管する会計係・進行係等裏方で行われる。
踊る以外にも人数がいる訳です。
各種団体 、女子の踊り手の参加者の獲得に苦労しているのではないでしょうか。
都市計画事業も終了して大熊の人口はかなり増えているはずです。
元からの大熊にお住まいの方、縁あって大熊にこられた方々一緒になって8月踊りの伝承について考えてみてはいかがでしょうか。
まだ、約半年あります
いやもう半年しかありません
あっという間に8月はやってきます。
今のうちから8月踊りの伝承について考えていくことか大切ではないでしょうか?
次の世代へ伝承するために!

2013年03月10日
大熊五十路会 入会式
3月9日は大熊五十路会入退会式でした。

もちろん、退会式の方がメインですが。
我々は、入会式です。50歳ですから…
大熊では、50歳になると壮年団を卒業して、大熊五十路会に入会する。
壮年団の退団式は3月23日なので、退団前にまず入会ってわけですね。
五十路は大熊の年代別団体のセミファイナルステージってところですかね、五十路会が終わると後は明幸会(老人会)のみです。 それで最後…。
いつまでも、若いつもりでも
もうそんな歳なんですね。
たしかに、あっちこっちガタが来始めていますが(笑)
この時期の大熊は各種団体の引き継ぎの総会の時期
子供会・子供育成会・青年団・壮年団・婦人会・五十路会・明幸会 の団体です。
それと大熊町内会デスね。
今年は区切りの年デスね。我々は…。
2013年01月14日
なりもち&桜開花
今日の奄美は台風なみの爆弾低気圧の影響でニシが吹き10度前半の肌寒さ。
もちろん、海は大荒れ…。
しかし、お日様は顔を出してました。
これが島の天気でしょう。
例年よりは寒いけどね。
天気はこんなですが…
奄美の山々では桜の花も咲き初めましたよ。

奄美はほとんど寒緋桜ですね…。
ところで
今日は1月14日は『なりもち』を備えて先祖を供養する日ですね。

ぶぶの木に赤・黄・緑・白の色をつけた餅をつけて作る
我が家は、嫁の実家で作ったものを貰ってきて飾ってます。 今年は孫達家族も手伝って作ってくれたみたいですが…。
今は、島のお店で『なりもちキット』みたいなものが売ってますよ。
ぶぶの木&色付き餅のセット
もちろん、完成品もあります。
家内安全と豊作祈願などの意味あいもあるようです。
これも、島の伝統的な行事ですね。

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