2012年04月15日
大熊町歩き チボリ泉水
チボリ泉水は大熊の入り口にあります。
元々、現在のチボリの前は埋めたてられてなく朝日中学校の方から大熊に続く一本道でした。
チボリの前が出入り口だったわけです。
チボリの名前の由来はチボリ自体がある
地名 津掘 からか
薩摩の島役人達が帰郷する際に壺に入れて飲料水として利用した
「壺入り水」が チボリになったかは
定かではありません。
チボリの水は
石碑には薩摩の島役人が帰郷する際に壺に入れて飲料水として利用したとの記述があるのでその頃にはあったのでしょう。
また先輩達の話によると戦前の出征の際は集落よりチボリまで見送りそこでチボリ水を飲み旅だったとのことです。
また私たちが子どもの頃は今より敷地も広く隣りには人工池があり鯉が飼育されていたのを覚えています。
途中で人工池はなくなり
忠魂碑が移転してきました。
忠魂碑も今は大熊公民館に移転し現在に至ってます。
大熊の地に根付き
古来より大熊の地より出ずる者を
見送り
帰る者を迎え
その喉を潤わせてきた泉水
また現在に至っても水は出ています。
散歩がてら 立ち寄ってみては
いかがでしょう




元々、現在のチボリの前は埋めたてられてなく朝日中学校の方から大熊に続く一本道でした。
チボリの前が出入り口だったわけです。
チボリの名前の由来はチボリ自体がある
地名 津掘 からか
薩摩の島役人達が帰郷する際に壺に入れて飲料水として利用した
「壺入り水」が チボリになったかは
定かではありません。
チボリの水は
石碑には薩摩の島役人が帰郷する際に壺に入れて飲料水として利用したとの記述があるのでその頃にはあったのでしょう。
また先輩達の話によると戦前の出征の際は集落よりチボリまで見送りそこでチボリ水を飲み旅だったとのことです。
また私たちが子どもの頃は今より敷地も広く隣りには人工池があり鯉が飼育されていたのを覚えています。
途中で人工池はなくなり
忠魂碑が移転してきました。
忠魂碑も今は大熊公民館に移転し現在に至ってます。
大熊の地に根付き
古来より大熊の地より出ずる者を
見送り
帰る者を迎え
その喉を潤わせてきた泉水
また現在に至っても水は出ています。
散歩がてら 立ち寄ってみては
いかがでしょう




Posted by おっしー at 12:55│Comments(0)
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