2012年06月20日
島にお城?
奄美大島にはグスクと呼ばれる琉球様式の城が点在していた。
その中でも笠利の赤木名城(赤木名という地名はないが)は規模が大きい
赤木名城は赤木名中学校の裏山にあります。裏山には赤木名観音堂や招魂碑、秋葉神社があり、その山頂には平たい所が2ヶ所あり、お城の中心部になります。
周りには土塁が巡らされてあり、東側は切り立っており、西側は段々畑。南側もきつい坂になっており、北側にいくにつれ尾根が細くなっています。その尾根が8ヶ所にわたって堀切られています。
今から約7、800年前の12、3世紀の時代のものです。
また、赤木名城は沖縄の初期のグスクと共通する部分もあり、北部九州の山城と類似する部分もあります。
赤木名の海を見下ろす高台にあったんですね。
12世紀といえば平家の来島の時期なんらかの関係があるんですかね!
また、グスクが各地にあったとすると
もしかしたら、大熊のアガンマユ辺りにもお城があったかも知れませんね
それから、子供の頃とかに
よく『けんむん』がでるから近ずくなって言われた場所がありませんでしたか?
あれは、神聖な場所・危ない場所とかに子供をちかづけない為だったようですよ‼


鹿児島より流罪になっていた、名越左源太が書いたかといわれる『ケンムン』です。
その中でも笠利の赤木名城(赤木名という地名はないが)は規模が大きい
赤木名城は赤木名中学校の裏山にあります。裏山には赤木名観音堂や招魂碑、秋葉神社があり、その山頂には平たい所が2ヶ所あり、お城の中心部になります。
周りには土塁が巡らされてあり、東側は切り立っており、西側は段々畑。南側もきつい坂になっており、北側にいくにつれ尾根が細くなっています。その尾根が8ヶ所にわたって堀切られています。
今から約7、800年前の12、3世紀の時代のものです。
また、赤木名城は沖縄の初期のグスクと共通する部分もあり、北部九州の山城と類似する部分もあります。
赤木名の海を見下ろす高台にあったんですね。
12世紀といえば平家の来島の時期なんらかの関係があるんですかね!
また、グスクが各地にあったとすると
もしかしたら、大熊のアガンマユ辺りにもお城があったかも知れませんね
それから、子供の頃とかに
よく『けんむん』がでるから近ずくなって言われた場所がありませんでしたか?
あれは、神聖な場所・危ない場所とかに子供をちかづけない為だったようですよ‼


鹿児島より流罪になっていた、名越左源太が書いたかといわれる『ケンムン』です。
Posted by おっしー at 00:13│Comments(0)
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