2013年07月09日
八月踊りの伝承について④
大熊誌によると
『油だらだら(風浪主)』の歌詞の
次の一節は薩摩支配下の我々の郷土の農民の生活の慘苦を唄ったものだそうです。
天棚さがりぬ 魚ん頭(イュンカマチ)
家裏さがりぬトチブルくゎ
出てもれ老人達(ウチュンキャ)
茶漬け 煮しおせろ
老人達の唯一のご馳走が魚の頭と南瓜であり、住家は家裏に南瓜の這うに任せてあるような状況である。
魚頭と南瓜を茶受けに煮て差し上げましょうとの意味である。
ここで紹介した歌詞は現在大熊に受け継がれてあるものであるが、大熊誌(大奄美史より)には音は一緒だが漢字表記は
天棚⇒炉棚
家裏⇒藁壁
茶漬⇒茶受
の表示で意味合いの若干の違いはあるが
大きな意味の違いではないと思う。
この薩摩藩政時代の農民の生活は言語に絶するものがあり大熊の先祖たちもこの苦難の道を乗り越えてきた訳である。
『家人』となって希望なき生涯を終えた者、3度の食事にも事欠き蘇鉄粥をすすり飢えを凌いでいた先祖を思う時、断腸の思いに駆られる。
現在の満たされた時代にこの歌詞に込められた先祖の想いを考え噛み締めながら唄ってみてはいかがでしょう。
歌詞にもいろいろな意味合いと背景があります。
八月踊りは、先人より伝承されてきた奥が深いものです。
一朝一夕では伝承していくのは難しいでしょう。 先ずは、各々ではじめる事が大切ではないでしょうか。腰を据えて…。
